歌集「茜さす」
　（1995年自費コピー出版。内外タイムス掲載分も含まれます）


街がうごいている音が聞こえるわたしは動かずに待っている

アハハハと笑うそのエラもとに吸い付きたくなり話をそらす　

横シマのシャツにまるまるまってこのまま一生終わったらいい

間違えて呼んだ昔の彼の名にそしらぬ君をまた逆恨み

年女忘れたい過去かかえては暮れのデパート歩きつかれ

こんな雨の日は何かしなくちゃたまんないわよ取りあえず寝よ

どんな恋してきたのかを知りたくて聞いているのよ好きなニオイを

「やいてるの」ひとこと言えばすむけれどかわいいなんて思われるのシャク

そのままでいいよと君が言うたびに好きになるからきれいになりたい

ひざまくら起こさないからちょっとだけ耳のにおいをかいでもいぃい？

サワサワとレインコートの袖口が音たてるほど手をふった君

洗い髪その手でクシャクシャ乾かしてもらえるショートカットでよかった

もう一度ふりむけそのカド曲がる前見送り好きと見送られ好き

リボンの箱わたす方わたされる方一緒に照れている誕生日

電話の声がこんなに近い会えば遠くて手がとどかない

「ねえせんせ一緒にいいでしょ　ねえ」なんて
　　　　　　　　ワガママの似合うおんなになりたい

ひとりでは買うはずもない米ナスをふたつに割って今日は田楽

「もう忙しくてゴメン帰れなくて」ひまつぶしに田舎に電話でもしよ

「今度いつ会えるかな」って留守電にさっき別れてきたひとの声

湯につかるピリッと痛い感覚がなにかに似ていてため息がでる

洗濯物とりこみ「はぁあー」見上げるとフンというような三日月のしっぽ

たんぽぽの様にしぶとく咲いてからわたぼうしかぶりお嫁にいくぞ

桜咲く前ぶれになんとなくひらく梅のような女かもしれぬ

「そんなことどうでもいいじゃないのよ」と言ってるような夏の夕焼け

たもとからこぼれた去年の恋の様に去年のゆかた線香花火

駅前の自転車ツンと横向いて遅いんだからとまたすねている

チョコホット大きなカップにいれたから両手で持ってため息でさます

引越しのダンボールの底にへばりつく写真の笑顔は好きだったひと

背中のぬくもりたしかめてこの冬はこれだけあれば越せるなあ





　　歌集「ため息もれて」
　

春の陽で乾かすシャツの襟元に口紅に似た桃の花びら

塀づたい重なる葉っぱの青々がおいでおいでをする憎らしさ

何ごともなく一日が過ぎたから何ごともない小津を観ている

しあわせを呼ぶ青い鳥描いたのに待ちくたびれた目になっている

「春ですね」言いたい思いを炊き込んだ菜の花ごはんをだまって食べる

そのかどにスーパーが建つそれだけを楽しみにまだ主婦でいようか

人妻は初夏のかぼちゃの青っぽさごまかすように濃く味付ける

マリという恋愛小説のヒロインの不幸知りたく結末から読む

「のびたね」と前髪つままれ目を閉じる指輪はずして来た美容室

初恋の終わったあの日の夕飯もこの味だったな栗ご飯

ありふれた夫の姓にありふれた名をつなげるとただの主婦です

夫待ち夜が明けはじめそのころは昔の彼のゆびさき想う

塀越しにさらえとばかり木瓜の実がいけない恋のあとおしをする

ふれられぬ節くれの手のすぐ横に手を置いてみる窓のそと雨

ひらかずに色あせてなおひらかずに「いいのですか？」青きリンドウ

夕焼けのオレンジ色が悲しくてひとりで家に帰りたくない

どうしても盗られたくないひとのいる告げられぬまま木の実が落ちる

ポケットに手をつっこんでいる君の腕ぶらさがりたい真っ赤な紅葉

幸せと不幸せとを重ねおりポインセチアの赤い葉青い葉

「こっちはね雪降ってるよ聞こえてる？」耳をすませばストーブの音

微笑みて「つくさぬ妻」と名乗りおりああいやみだわ彼の奥様

だれのためにしているのかを思いつつ鏡の中でマユととのえる

することは山ほどあれどたいくつな時間がすぎて朝からの雨

摘みたてのお茶の葉浮かぶ湯につかり飲まれたいほど身をもてあます

うとうとと洗濯物が乾くまで真夏の午後に独身になる

窓の下ネコのさかりの鳴き声を真似てみたくもなる夜更け

湯上りのほてりをさます虫の声今年も海に行けなかった

秋色の口紅３，２００円交際費として家計簿つける

待つ妻の思いをさますかのように向かいのマンション外灯消える

エスカレーターのスピードでおばさん化しているのが鏡にうつる渋谷パルコ

このごろは指輪はずしていることも気付かれぬまま四年目の妻

空をみて撮った写真のはずなのに涙こらえる目になっている

いつもより上向きに歩いている四月地面のパワーに負けないように

遅咲きの花びらはらい履歴書の女にまるをつけている